福西ストーリー

The Way To The First Choice Company

  • 1. 福西電機誕生秘話 -今も生きる起業精神-
  • 2. 混乱の時代を越え躍進へと変えた秘密
  • 3. 福西電機を未来へと前進させる原動力
  • 4. あなたの周りにも広がり続ける福西電機
  • 5. 福西電機が目指す新しい社会の可能性

「世の中を明るくしたい」

和21年10月、大阪市北区太融寺町において、小さな
電気工事材料販売店が産声をあげた。電球の空箱を積み
上げても、わずか15坪の店内がいっぱいにならないほどの
心もとないスタートだったその店舗の名は、「福西電機商
会」。福西貞夫が興した、後の福西電機株式会社である。

大正4年、兵庫県に生を受けた福西貞夫は、「周囲の人々
をどうしたら幸せな気持ちにできるか」を考え行動できる、
ホスピタリティ精神にあふれた人物であった。

自身も7発の砲弾を受け死線を彷徨う戦傷を負った軍隊時代、班長をつとめた酒保(兵
隊に食料を販売する店)にて、集まってくる兵隊達につかの間の楽しみを提供したいと、
自身も生涯好んだタンゴの名曲「イタリーの庭」をかけていた。海外の音楽は御法度と
いう時代、この行動を聞きつけた将校に殴られたりもしたが、福西は決して止めることは
なかったという。

そして終戦後、郷里に帰還した福西を待っていたのは、悪夢のような焼け野原だった。
自身の知る戦前の大都会の姿からは想像もつかない、真っ暗となった大阪の地に立った
時、福西の心に芽生えたのは、「よしっ、この景色を明るくする電気の仕事で世の中のお
役に立とう」という想いであった。

この精神は70年を経た現在も、「我々は至誠を傾けて総ての環境を明るくする為に働く」
という福西電機の社是の中で生きている。
商いを通じて、人々と社会の幸福をひたむきに追求していった結果、福西1人で
始まった小さな電材販売店は、売上800億円を超える企業へと成長していく。