福西ストーリー

The Way To The First Choice Company

  • 1. 福西電機誕生秘話 -今も生きる起業精神-
  • 2. 混乱の時代を越え躍進へと変えた秘密
  • 3. 福西電機を未来へと前進させる原動力
  • 4. あなたの周りにも広がり続ける福西電機
  • 5. 福西電機が目指す新しい社会の可能性

「私たちは、同業他社が無定見な値上げをした際に、『適正な価格』を旗印に、懸命になって異常な値上げに対抗し、工事業界のご理解で非常な成果をあげ得たことを記憶されていると思います。」(昭和49年方針発表より)

和21年の開業から、幾多にも及ぶ時代の荒波が福西
電機を襲い、その度に乗り越えてきた。
特に様々な苦境が押し寄せてきた昭和47年から昭和50年
を、福西電機では会社にとっての「試練期」であったとして
いる。この「試練」を耐えぬくことが出来たのは、自社のみ
ならず業界全体の安定までを見通す福西貞夫の明確なビ
ジョンと志、そしてそれを身を粉にして支えた社員達の努
力であった。

昭和45年の万博需要の反動で市場が未曾有の支払いリ
ベート競争に突入し、正常な利益確保が困難となっていた際も、福西貞夫は大阪松工会
会長として的確な対策を提案し市場安定へと尽力するとともに、社内に対しては「“魅力
ある福西電機”として、常に得意先を大切に扱い、福西と取引することに於いて物心とも
に利益を得、将来共安心して取引が出来ると思っていただくことが大切だ」と終始説い
ていた。

業界の秩序維持や市場の安定を重視するその姿勢が、顕著に現れたのが昭和48年に始
まった「電線よこせ」デモの際であった。
電材商品の急激な需要増加による一斉値上げや品切れにより業界全体が混乱を極める
中、福西電機は各所に材料事情説明会を開き、得意先との交流を深める中で一層の理解
と協力を要請。公正な価格のもとに公平な資材を配分することで好評を博し、業界内に
おいて福西電機の存在を一段と強める結果となった。
まさに危機を千載一遇の機会へと変えた瞬間であった。

一企業としての利潤追求のみならず、社会への貢献を礎とする精神こそが、幾年の荒波
を超え現代まで導く灯火となったのである。